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山口地方裁判所下関支部 昭和51年(ワ)1号 判決

北洋相互銀行

北海道拓殖銀行

被告

室蘭銀行協会

理由

一、請求原因2ないし4の事実は当事者間に争いがない(ただし、2の事実のうち1ないし5の手形は原告が、6の手形は訴外浜本がそれぞれ原告主張のとおり隠れた取立委任裏書人として呈示したことは原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によりこれを認める)。

二、原告は、被告らが本件各手形を「偽造」の理由で不渡としたこと及び訴外道南バスをして異議申立提供金相当額の金員を被告両行に預託させずに取引停止処分等を免れしめたことをもつて、被告らに債務不履行責任又は不法行為責任が生ずる旨主張するので以下において検討する。

(一)、先ず、原告主張の債務不履行責任について検討するに、手形権利者と、手形交換所及びそれに参加する支払銀行等の金融機関とは当該手形に関し何ら契約上の法律関係を有しないところ、手形交換制度はもつぱら交換参加銀行等の金融機関の手形の集団的・簡易な決済の便益を目的としたものであつて、手形権利者がこれによつて利益を受けることがあつてもそれは本制度の反射的効果にすぎず、手形権利者の権利保護を目的とするものでない(例えば異議申立提供金の制度は取引停止処分を回避するための異議申立が濫用されることを防止しようとするものであつて、特定の手形権利者の支払を担保するためのものではない)から、これら手形交換所及びそれに参加する支払銀行等の金融機関が手形権利者に対して原告主張の如き注意義務ないしは債務を負つているとすべき理由がなく、又かかる商慣習が存することを認めるに足る証拠もない。従つて原告の右主張は理由がないものといわざるを得ない。

(二)、次に原告主張の不法行為責任について検討するに、手形交換所やそれに参加する支払銀行が支払義務者の申出た「偽造」という第二号不渡の事由が全く虚偽のものでただ手形の支払を免れるためにするものであることを知悉しながら、振出人と共謀して手形権利者を害する目的をもつて、あえて右申出を受けて手形を不渡となし、支払義務者をして異議申立提供金相当額の金員を預託させずに取引停止処分等を免れしめたようなときには不法行為を構成する場合がありうると考えられるところ、《証拠》を総合すると次の事実が認められこの認定に反する証拠はない。

(1)  訴外道南バスは資金繰りに窮し、多数の手形を振出していたが、訴外代表取締役小倉○夫が独断で融通先と話を決めることが多く、他の経営陣には振出された手形の対価が得られたものか否か、あるいはいかなる目的で振出されたものかなどの点について知らされないことが多く、かくするうちに手形の支払期日が到来するという情況になり、訴外取締役経理部長半谷禄郎がかねて請求原因3の事実を知つていたことから、右訴外小倉の後を継いだ訴外徳中康満(同年五月初めころまで同訴外会社代表取締役の地位にあつた)、同亀田洸吉(そのころ右徳中の後を継いでその地位に就く)、同常務取締役秋山實と相談のうえ、右手形が偽造されたものとして不渡となし、異議申立提供金相当額の金員を支払銀行に預託せずに取引停止処分等を免れ、その支払を拒絶しようと考え、同訴外会社名義で札幌地方検察庁室蘭支部に対し、1ないし5の手形については同月八日、6の手形については同月一九日にそれぞれ偽造の告訴状(計二通)を提出し、各同日告訴状の受理証明書を受けた。

(2)  そして訴外道南バスから、同年五月一二日被告北洋相銀室蘭支店に対し1ないし5の手形につき、同月二〇日被告拓銀室蘭支店に対し6の手形につきそれぞれ偽造の事由で不渡とされた旨の申出が必要書類を添えてなされた。

(3)  そこで、右被告北洋相銀室蘭支店は1ないし5の手形につき、右被告拓銀室蘭支店は6の手形につきそれぞれ被告銀行協会の管理・運営する前記手形交換所を通じて呈示を受け支払を求められた都度偽造を事由として不渡とするとともに、同手形交換所に第二号不渡届を提出したうえ、訴外道南バスから提出のあつた処分規則第六条所定の前記告訴状写及びその受理証明書を含む必要書類を添付して異議申立をなし、同手形交換所は何ら異議を留めずこれを受理した。

(4)  1ないし5の手形についての右告訴状に記載された事実の要旨は、「被告訴人訴外宮津芳通、同西田恒吉、同酒井斗が、昭和四九年一〇月三〇日から昭和五〇年四月二一日にかけて、訴外道南バスの手形印を保管していた訴外半谷経理部長に対し、社長の指示があつた等と虚構の事実を申し向け、事情を知らない同人をして右印を用いて同社振出名義の約束手形合計二三通を振出させて偽造したものであつて、本件1ないし5の手形は右二三通のうちの一部を訴外秋山常務取締役あるいは訴外取締役坂本実が後に書換えたものであるから実質的には偽造されたものである」というのであり、同様6の手形については「被告訴人訴外高木健治が、同年三月一九日、共同告訴人訴外伊藤○を介して訴外半谷経理部長に対し資金調達の目途がついたから手形を切つてくれと虚構の事実を申し向け、情を知らない同人をして右印を用いて同社振出名義の本件右手形一通を作成させて偽造した」というものであつた。

(5)  その後訴外道南バスは札幌地方裁判所から会社更生法による会社更生手続開始決定を受け、原告は同裁判所に対し右更生会社管財人を相手取つて本件各手形金を含む手形金請求の訴を提起したが、昭和五一年一二月一五日、同裁判所において右管財人は原告に対し本件手形金請求権を更生債権として認める旨の和解が成立した。

以上のとおり認定されるのであつて、全証拠を検討するも不法行為を肯認しうるような前記事実を認めうる証拠はなく、又右(5)の事実からすれば、結果的には本件各手形は訴外道南バスにおいて支払義務がある真正に振出された手形であつたものといわざるを得ないけれども、本件各手形が呈示された当時において、被告らにおいて右事実を確知することは容易なことではなく、前記各告訴状写に記載された事実を詳細に検討すれば、右事実が真実であるとしても本件各手形が偽造されたものといえるか否か疑問の余地もあるが、これらの疑問点を解明するには更に関係者に対する調査等が必要と考えられるところ、被告らにおいてこれら調査をしなければならないとすると当事者間の紛争に巻きこまれ、多大の経費や日数を要することが明らかであり、被告らの手形関係者に対する立場を考えると、一応不渡について形式的な資料が整つていれば、これらの資料を前提として処理すれば足りるものと解するのが相当であつて、到底右のような調査義務を負うものと解することはできず、被告らが右のような調査をしていないことをもつて違法とする原告の主張も理由がない。

三、以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないので棄却

(裁判長裁判官 梶本俊明 裁判官 白井博文 坂主勉)

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